インタビュー

進化を続ける「haccoba」が紡ぐ、新しい酒造りの形と地域の担い手としての覚悟。

福島県南相馬市の小高地区に拠点を置く「haccoba -Craft Sake Brewery-」。その代表を務める佐藤太亮さんは、これまでの酒造りの枠を超えた新しい挑戦を続けています。佐藤さんの酒造りへの想いや、地域との関わりについて伺いました。

佐藤太亮(さとう・たいすけ)福島県南相馬市の小高区・浪江町に拠点を置く酒蔵「haccoba -Craft Sake Brewery-」の代表兼醸造家。IT企業での勤務を経て、日本酒への情熱から新潟県柏崎市の阿部酒造で修行を積み、2021年2月に南相馬市小高区で酒蔵を立ち上げ、2023年には浪江町に2つ目の醸造所を構える。haccobaでは、伝統的な「花酛(はなもと)」製法を基に、ホップを使用した新しい日本酒造りに挑戦し続けながら、酒造りや新たな価値の創出を通じて地域文化の再構築に力を注いでいる。

「ここでやること」が必然になった瞬間。1000年続く酒蔵を見据える「haccoba」設立の原点。

ー「酒づくりをもっと自由に」という思いのもと、ジャンルの垣根を超えた自由な酒づくりを目指す「haccoba」の設立に至った経緯を教えてください。

はじめたきっかけは、シンプルにお酒が大好きだったからですね。そんな中で、石川県の能登でまちづくりに関わるインターンをしていたときに、お酒や味噌・醤油などの”発酵文化”に触れる機会が増えたんです。多くの酒蔵を訪れる中で、”つくる側”の営みの解像度が上がったというか、酒をつくる営み、発酵という営みの美しさに魅了されました。

その美しさに触れて、ただ『飲む』のではなく、『つくる』っていうこと自体がすごく面白いなと思うようになって、自分も酒造りがしたいっていう想いが生まれたんです。

ー酒造りを始める時に、地域との関わりをどのように考えられていましたか?

いろんな酒蔵の先輩方と話している中で驚いたのが、彼らの時間軸の考え方ですね。数百年単位で物事を考えているんです。先代がこういうことをしてくれたから、自分たちは孫の代にこういうことをしよう、みたいな話が当たり前のようにあって。

「自分たちの酒蔵を代々繋いでいく」という考え方が、経営の哲学や思想の基盤にあるからこそ、酒蔵だけじゃなく、周りを取り囲んでいる地域社会とか、地球の環境に対して自然と目を向けて、経営していらっしゃる視座の方が多いと感じました。

僕は初代なんですけど、酒蔵を100年、もっと言うと1000年続けていくことを見据えたときに、初代としてどう振る舞えばいいんだろうっていうことを、設立の段階から考えてスタートしました。

ー酒蔵の経営の考え方、とても興味深いです。その中で、酒造りの場としてなぜ小高を選ばれたのですか?

ひとつではなくていくつかあるんですけど、震災の日、3月11日が僕の誕生日だったこともあって、どこか運命的なものを感じました。当時は埼玉に住んでいて、生活に関わる原発で起こった事故に対してどうしても人ごとには思えませんでした。ただ、何か出来ないかと考えながらも、すぐに福島の課題に対するアクションを起こせなかった自分にもどこかコンプレックスを感じていて……。

そんな中で、小高ワーカーズベース(現・OWB株式会社)の和田さんの活動を知って、ものすごく共感したんです。この方と一緒に地域の文化や暮らしを再構築する過程に関わりたいと思いました。

「人口がゼロになったまちで、ゼロからSAKEを醸す」
画像:haccoba -Craft Sake Brewery-

いろんなきっかけが重なり合って、どんどん「ここでやること」が自分にとって必然になっていった、そんな感じです。小高という地で、「お酒をつくりたい」というやりたいことと、原発事故後の地域の課題解決や自立的な地域文化の再構築、その両方にコミットするような仕事ができると思いました。

地域を超えた酒造りに、お祭りに無人駅。地域文化を再び紡ぐ担い手としての想い。

ー2023年には、haccobaとして2つ目の拠点となる醸造所を浪江町で設立されましたが、それもそういった想いの連続性のなかで機会があったからなのでしょうか?

そうですね。震災後、人口が大きく減ってしまった地域で、自治体単位での施策だけでは限界があると感じていました。実際日常生活では、自治体を超えたつながりや交流が当たり前だったんですよね。でも、自治体ごとに区切った取り組みでは、それがうまく機能しないことも多くて。

小高で酒蔵を始めたことで、そこを目指してきてくれる人がいたりと、人が集まり、流れが少しずつ出来てきました。この流れを自治体を超えてつくれたらと、新たなチャレンジとして浪江でも酒蔵をつくることにしました。酒蔵を通じて、小高と浪江の人の交流がより促進できたらおもしろいなという想いで取り組んでいます。

「haccoba 浪江醸造所」
 画像:haccoba -Craft Sake Brewery-

ー今後仕掛けていきたいプロジェクトなどがあればお聞かせください。

たくさんありますが、取り組みたいことのひとつとして、自分たちなりの”お祭り”を復活させたいと思っています。今年の春に『YoiYoi』という名前で、音楽と食を絡めた新体験フェスを初めて開催しました。浪江の藤橋エリアでは、震災前に『不動市』という大きなお祭りがあったんですが、震災で中止になってしまって。そうした文化を、自分たちなりの解釈で、地域の人達と一緒に再び紡ぎ直したいと考えています。

ー今らしさと過去の文化性を織り交ぜた新しいお祭りですね。様々な取り組みを通じて、haccobaのファンが広がっているなとすごく感じます。私も大ファンのひとりなので、『YoiYoi』もぜひ参加したいです!

ありがとうございます。『YoiYoi』は来年も同じ時期に開催する予定なので、つくるところから一緒にぜひ!(笑)

ーこれまでの小高での活動の中で、特に印象に残っているエピソードはありますか?

今年嬉しかったことは、いつも地域の皆さんにお世話になっていますが、そのうちのひとりから急に電話がきて、「太亮くんがやろうとしていることがやっと分かった気がする。太亮くん、小高に来てくれてありがとう。」と言ってもらえたことです。うちは無人駅を使って醸造所兼パブリックマーケットを運営しているんですけど、おそらく電話をくれたのはそこに寄った帰りのことでした。

震災後、管理する人がいなくなり無人駅になってしまって、寂しい感覚がすごくあって。そんな地域のひとたちの想いが、実際に暮らしてみて手に取るように分かったし、地域の担い手のひとりとして、無人駅での取り組みは大事なことだと感じ決断しました。そんな場所に僕らが入ったことで、地元の高校生が帰宅するときに明かりがついている駅になった。そうした覚悟に気づいてくださって、共感してくれたのかなと感じて、電話での言葉が本当に嬉しかったですね。

ー地域の物もさまざま扱っていると思いますが、パブリックマーケットのこだわりは何でしょうか?

まちの玄関口として、外から来る方も、日常的に使う方も、両方が楽しめる場としてのパブリックプレイスであるということを意識しています。駅という場所は公共物なので、自分たちの事業を超えて、地域にとってどういう場所であるべきか?という公共性を大事にしながらやっていますね。

あとは、地元小高の高校生にも一緒に駅を運営してもらっています。学校内でのアンケートをもとにセレクトを一緒にしてもらって置いてる商品があったり、ポスターを作ってくれたり。

無人駅舎醸造所やパブリックマーケットを通じて、地域の”中”を向いた取り組みを事業としてもちゃんと示せる拠点がつくれたと感じています。お祭りも駅の運営もそうですが、僕らがやっているのは、お酒を通じて地域のことを外に伝えていきながら、事業で生まれたお金を地域に還元していくこと。今後もそうした投資の仕方は続けていくと思います。

自由な酒造りの新境地。12月登場予定の「haccoba」新シリーズとは

ーこれから特に着目すべき「haccoba」のお酒は何でしょうか?個人的にもとても気になります。

これからのお酒のことでもいいですか?(笑) これまで3年ほど、お米以外の原料も一緒に発酵させてつくる新しいジャンルのお酒づくりに取り組んで来ましたが、もともとそれをやり始めたきっかけは「どぶろく」なんです。現代ではお酒はライセンスを持っている人しかつくれないですが、どぶろくって実は昔、農家さんがお家でつくっていて。いまの「haccoba」のお酒づくりは、そのもともと家でつくられていたどぶろくのルーツからヒントを得ています。

名著『諸国ドブロク宝典』(どぶろくのレシピ本) 
画像:haccoba -Craft Sake Brewery-

お酒の起源を考えると、昔の人は「これ入れたら美味しくなるんじゃないかな?」という物を自由に入れてたはず。僕としては、その文化に回帰していきたいという思いがあって。それで今いろんなお酒をつくっていますが、ホップやフルーツなどの原料は、やはりどうしても外から買ってくる物になっています。

より当時の、「つくる物を本当に自由に地元で楽しんでた文化」に回帰していきたいと思って、今年から山に入り始めました。

ー山ですか!?

はい(笑) 地元の山で採れた素材の中でお酒に合う物をセレクトしてつくっていく、ということを始めまして、ちょうど今そのお酒を仕込み始めているところなんです。

買ってくるものは外来の品種が多くなりますが、できるだけ東北を中心とした在来品種の素材を使いながら、当時のおじいちゃんおばあちゃんがつくっていたようなお酒をつくりたいと考えています。この山に入って自ら採ってきたものからつくる新シリーズをいま仕込んでいて、12月中に販売になる予定なので、ぜひ楽しみにしていてください!

ー12月の発売が待ちきれません! 最後に、小高に関わりたいと考えている方へのメッセージをお願いします。

震災後人が住めなくなった地域で、本当にゼロから暮らしや文化を再構築する。こんなダイナミズムを味わえる瞬間って、なかなかないと思うんです。今だからこそ感じられるこの動きを、ぜひ感じにきてほしいと思います。

ーー震災を乗り越えた土地に根ざし、地域の担い手として覚悟をもって挑戦し続ける想いこそが、地域文化の再構築や新たな価値の創出につながっているんだと感じました。お酒を通じて地域の魅力を発信しながら、人や文化をつなげていく「haccoba」。これからの展開がますます楽しみです。

連載「情熱の相馬人」では、相馬のこれからを創るさまざまな人の魅力に迫ります。
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【画像・参考】
haccoba -Craft Sake Brewery-