インタビュー

馬を生活インフラに。馬術選手の起業家が目指す、馬と小高の新しい可能性。【神瑛一郎さん】

起業型地域おこし協力隊の制度を利用し、南相馬市小高区を拠点に馬に関する事業を立ち上げた神瑛一郎さん。馬術競技の経験を活かし、「馬の社会的価値を高める」というミッションを掲げ活動する神さんに、事業を始めたきっかけや移住の背景、そしてこれからの展望について伺いました。

神瑛一郎(じん・よういちろう)小学5年生で乗馬を始め、大学まで馬術競技に打ち込む。全日本ジュニア障害優勝や日韓馬術大会日本代表など、国内外で数々の実績を残す。2018年にドイツに渡り、馬術選手として試合出場や若馬の調教に取り組む。2019年、南相馬市の起業型地域おこし協力隊として南相馬市小高区へ移住。2020年には一般社団法人「Horse Value」を設立し、ホースミラーリングセッションや乗馬レッスンサービスなどを手掛ける。

“馬で起業する”ために、小高を選んだ

画像:相馬LIKERS

―もともと馬術競技の選手として活躍されていた神さんですが、「Horse Value」の起業に至った経緯や、南相馬への移住を決断された経緯などを教えてください。

子どもの頃からずっと、乗馬や馬術競技を通して馬と関わってきました。ドイツ留学から帰ってきてからは乗用馬の調教代行事業などもやっていたのですが、「馬の持つ課題を解決したい」という思いから、起業を決心。引退競走馬の殺処分や、馬術競技の規模縮小などの背景もあるなかで、「馬が誰かの課題を解決することで新しい価値を見出す」ことを目指して仕事がしたいと考えたんです。

相馬地方で地方創生を目的に事業を始める人も多いと思いますが、自分の場合は馬に関する事業をするためにこの土地を選びました。自分は東京生まれですが父が青森出身なので、一応東北にルーツはあるんです。とはいえ、東北が特別身近な土地というわけではなかった、というのが正直なところです。

そんな中で、馬に関する事業を始めようと決めたとき、起業型地域おこし協力隊「Next Commons Lab 南相馬」を知り、移住先として南相馬市の小高地区を選びました。他にも北海道や岩手などが候補地として挙がっていましたが、南相馬は比較的気候が穏やかで過ごしやすいですし、スタートアップするには良い環境だと思ったのが決め手でした。

ホースミラーリングセッションの様子
画像:Horse Value

―起業にあたり、大きな決断をする場面は多かったと思います。大変だったこと、印象に残っている出来事があれば教えてください。

起業して一番しんどかったのは去年の冬、資金がショートしそうになったとき。とはいえ、そこまで落ち込んだわけではないですね。移住を決めた時も資金が不足した時も大変ではありましたが……自分、メンタルは強いんです。

子どもの頃から馬術競技をやっていたのですが、2018年にドイツ留学をしたとき、お金も休みもなく、本当に苦しい思いをしました。その経験があるからこそ、多少の困難ではへこたれなくなったと思います。もちろん今も、迷ったり悩んだり、ハラハラする場面は多いですが、めげないで頑張れていますね。

「助けてやりたい」と思ってもらえる人間になる

厩舎でのグランドバローズ(奥)、ワタリセイユウ(手前)
画像:Horse Value

―実際に移住したあとで、南相馬の印象や、地方創生に対する価値観は変わりましたか?

移住してから徐々に地域への愛着や責任感が芽生えていったなと思います。特に「Horse Value」の厩舎が完成してからはその気持ちが一層強くなりましたね。ようやく自分たちの居場所ができた!という実感がありますし、以前にも増して“自分たちは地域に何を還元できるか”を考えるようになりました。

地域の人たちは優しい方ばかりで、早い段階で受け入れてもらえていると感じた瞬間が多かったです。例えば、近所の魚屋さんで買い物をしていると「最近忙しそうだね」とか「頑張ってるね」と声をかけられることがありますが、自分にとってはそういう会話が嬉しくて。ただお金を払うだけではなく、顔を合わせて何気ないコミュニケーションできる環境で仕事ができるというのは魅力ですね。

ホースミラーリングセッションの様子
画像:Horse Value

―地域の方やお客様とコミュニケーションを取る際に、意識されていることはありますでしょうか。

馬に関する事業をしていますが、結局仕事となると、人間対人間なんです。自分の力だけじゃ解決できないことも多いからこそ、「こいつ助けてやりたいな」と思ってもらえる人になるのは大事だと思います。起業して、関わる人が多岐にわたるようになってからは、コミュニケーションの重要性を日々感じていますし、「視野を広げて色々な人と関わっていかなければならないな」と思うようになりました。

人付き合いで大事にしているのは「報告・連絡・相談」。基本的なことですけど、どんな仕事でも、どんなコミュニティでも、信頼関係を築くためには大事にすべきだなと。そういう積み重ねが、いざという時に「助けてやりたい」と思ってもらえる人間に繋がるんじゃないですかね。

馬が好きだからこそ、「馬を手段に」

「Horse Value」代表理事・神瑛一郎さん(左)、理事・高田崚史さん(右)、ナイトアンジェロ(中央)
画像:Horse Value

―今後ビジネスを通して実現したいことや、神さんが目指している姿について教えてください。

馬って本当に面白い動物なんですよ。人間と一緒に長い歴史を共にしてきた存在ですし。自分も長いこと馬と関わってきて、特別愛情もあります。でも、起業や移住を経て考え方が変わりました。

馬に馴染みのない人に、馬の良さや馬術の素晴らしさをいくら語っても、まあ伝わらないんですよね。事業として、馬の社会的地位を高めるためにこそ「馬を手段として考える」ようになりました。現代において、馬を生活インフラのひとつにすることが、「Horse Value」の目標です。

個人的には、馬術選手として再び活躍したいという思いもあります。事業を担うビジネスパーソンとしても、一人の馬術選手としても、結果を出せるように頑張りたいですね。

Horse Value | ホースミラーリングセッション

―今回のインタビューでは、神さんの「馬の社会的価値を高める」という熱い思いの背景や、今後の展望について伺うことができました。馬と人をつなぐ新たな挑戦が、これからどのように展開していくのか、とても楽しみですね。

連載「情熱の相馬人」では、相馬のこれからを創るさまざまな人の魅力に迫ります。
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【画像・参考】
Horse Value